2009.8.9より
2010.4.10最終修正
この小文では、なぜ英語の論文を読むことは必要なのか、英語の論文を読むとは具体的には何ができればいいのか、英語の論文を読む力をつけるにはどうしたらいいのかを簡単に見ていく。
研究(とくに自然科学)では、英語が実質的な共通言語になっており、新しい結果の報告・発見・概念の提案などは、ほとんどの場合、英語の論文という形式でなされる。いま何が研究されて何がわかりつつあるのか、その時点で何が新しいのかを知るためには、英語の論文を読んで内容を把握することが必要である。
論文は、似た研究をしている他の研究者による審査(ピア・レビュー)を経ないと発表されないので、他の発表形式に比べて信頼性ははるかに高い。論文が他の発表形式よりもはるかに重く評価され、また、あてにもされる理由はここにある。科学が明らかにしてきた成果はおもに英語の論文として蓄えられ、また蓄積されつつあるから、英語の論文を読めることは、科学の成果を知って利用するための基本的な力である。
研究者にとっては、この科学の成果を使う基本的な力であることに加えて、英語の論文を読めることは研究に必須の要件でもある。研究は、新しいことを見つけることが目的であるから、既に何がわかっているのかを知る必要がある。何が分かっているのかを知るためには英語の論文を読む必要があり、それなくしては何が新しいのかははっきりせず、暗闇を手探りで歩くようである。 英語の論文が読めないと、自分の研究を進めるのに必要な情報を必要なときに得ることができず、自分の研究を自分の事業として進めることがむずかしくなる。どうしても第三者が日本語にしてくれるのに依存することになる。「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」(福沢諭吉)ということばがあるが、英語の論文を読む力なくして、研究者として必要な、データと論理に基づく客観的な判断をすることは困難である。
英語の論文を読めるとはどういうことだろうか。論文が、なんとなく何を話題にしているのか分かる、ではだめである。『○○であることが示された』と『(直接の証拠はないが状況証拠から)○○であるらしい(と書いている人が思う)』と『○○であると(と書いている人が)信じる』では、科学の成果として何がわかっているのかはまったく異なるし、今の時点から研究して何を明らかにすれば新しいことを見つけられるのかも異なる。方法を述べた部分でも『○○という手順でした』と 『○○という手順ですることが望ましい』では、その論文が報告している結果がどのような方法に基づくのかは異なり、どのような意味を持つのかが異なること も充分に考えられる。
多くの人にとって学生のときや院生に成り立てのとき、英語の論文を読まねばならなくなった最初の時期、英語の論文を読むのは苦しい、時間のかかる作業である。大変なので(できれば)読まない、読まないから読めないという、悪循環に陥りやすい。放っておくとこの悪循環からは脱出できず、いつまでも英語の論文を読むのは苦しくしかも時間がかかるばかりである。
2つのことを頭にいれておく必要がある。1つは、圧倒的に多数の人にとって最初はつらいということである。もう1つは、多くの人にとってそれぞれ特定の弱点(苦手な英文のパターン)があり、それを克服すれば読むのは楽に速くなり意味も正確に取れるようになることである。
学生のときや院生に成り立てのとき、た だでさえ科学論文のような文章を読んだ経験は少なく、意味を正確に取らねばいけないという経験も少ないだろう。まして英語なので苦手で時間がかかってもむ しろ当然である。1ページ読むのに最初は1時間ほどかかることも少なくないだろう。(B5くらいの大きさで1段組で通常の字の大きさの場合を想定してい る。もちろん、紙の大きさや字の大きさの、段組にもよる。)
とくに最初はある程度の分量を時間がかかっても(まず読みやすいと定評のある著者の、なじみがある話題の、文章を20ページくらい読んでみよう)しっかり読むことは必要である。その後、多読することだけでも英語の論文を読む力はある程度ついていく。だが、意識的に弱点を克服すれば、読む力がつくのは速まる。いくらか論文を読むとそれぞれの人が弱点とする英文表現はだんだんわかってくる。その弱点となるパターンを理解して、読解しやすいパターンを増やせば、論文を読む力はついてくる。
初期の段階(たとえば論文を読み始めて1年とか)で弱点を発見し克服して、力をかなりつけてしまうと論文を読むのはかなり楽になるし、逆にそうしないと辛く時間がかかるままになりやすい(いったんそうなってしまうと抜け出すのにはかなりの努力が必要である)。
英語の論文を読む際には、英語のパラグラフは1つのある程度まとまった内容を表現しているのが普通であることを頭に入れておくと、文章全体の大きな構造を見逃しにくくなり激しい誤解が減る。また、ほとんどの人にとっては、”英語の論文を読むとは、英語の単語を日本語の単語に置き換える作業である”という考え方からはたぶん早期に離れた方がいいだろう。”英語の文をそれと同じ意味を持つ日本語の文に置き換える”という方が ずっと適切である(英語の専門書を訳した日本語の本で、読んでいて日本語がこなれていると感じるものがあったら、もとの英語の専門書とならべて見てみるといいだろう)。
論文の英語は、比喩的な表現も少なく、文法的に例外的な表現もほとんどないので、読解は楽なはずである。いくつかの特徴を以下にあげておく。これは、個々の人にとって弱点になりやすいパターンでもある。
外国語の単語は、日本語の単語と一対一の対応関係にあることはごく少ない。英語の単語もそうである。論文を読むとき、そのことが顕著に現れるのが、専門用語の存在である。専門用語として定着している言葉は、その単語の英語としての意味の中で限られたものだけを指して使われることが多い。そのため、英和辞典などを引いたときに出てくる日本語の中ではかなり変わった、限られた意味だけで使われることがよくある。日本語でも、同じことばでも専門用語としての意味が日常的な意味とはかなりちがうこと はよくあるから、英語に限ったことではないのだが、英語の論文を読む上では1つの壁になる。専門用語とまではいかなくても、よく使われる単語や語句が論文 では限られた特別な意味でだけ使われることがある。よく似たテーマの論文では、専門用語が共通しているのはもちろん、語句自体の共通性や語句の使われ方の 共通性が大きいため、いくつか似たテーマの論文を読むと近いテーマの論文を読むのは相当速くなることが多い。慣れてくると、専門用語やそれに近いことばは、具体的な意味が確定しやすいので、読む上では誤解もしにくく楽な部分になる。
データの統計的な解析は専門用語の山である。したがって、ことばが特殊な意味で使われたり、普通の辞書では出て来ないことがよくある。統計用の辞典類を使うべきである。 専門用語の山なので、いったん慣れてしまえばむしろ楽な部分になる。
論文の英語は、複文(複数の節からなる)が多い。どこまでが1つの節なのか、節と節の関係はどうなっているのかをつかむことは、文の全体の構造を把握することにつながるので、文意の大きな取り違えを減らすことにつながる。節と節の関係を表す接続詞の意味や関係代名詞や関係副詞の先行詞がどれなのかはとくに読んで理解するうえでよく出会う問題である。各節の意味がうまく取れない時には、主語と述語(その節の主語に対応するメインの動詞)がどれなのかをはっきりさせることは有効な手段である。主語と述語をはっきりさせることは、単文(節は1つだけ)でも、修飾語や句が複雑なときには、役立つ。
論文の英語は文法的に例外となる表現が少ないから、文法の知識は読む上での助けになる。役立つことの多い知識を以下にあげてみる。動詞が他動詞(目的語をとる)か自動詞か、補語をとるかどうか、などは意味を
限定するのに役立つ。品詞の知識はどの単語や句が何を修飾しているかを判断するのに役立つ。また、読む上で代名詞などの指示語が何を指しているのかをとらえることが必要になる局面は多いが、主語の数(単数と複数)と動詞の形(三人称単数現在ならsがつくとか)は判断の材料になる。関係代名詞の2つの用法による意味の違いが大きな理解の差をもたらすことがある。意味をしっかりとるうえでは、どの助動詞がつくとどう意味が変わるかも必要な知識である。
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