2008.2.13より
血縁選択は、わかってしまうと当たり前な理論である。だが、ひっかかると難解きわまる、わかった気のしない、誤解が別の誤解を呼ぶ複雑な理論である。
ひっかかってしまったときにはいったん、半数体で考えてみるのもいい。
1遺伝子座上に対立遺伝子Aとaがあるという状況を考える。この遺伝子のちがいによりある行動が起きたり起きなかったりする。この行動は他の個体の適応度をBあげ、自分の適応度をC下げる(利他的性質での普通の記号の割り当てである)。遺伝子型A(半数体なので、遺伝子型はAかaである)の個体は、問題の社会行動をし、aの個体はしないとする。
ある世代での、Aの頻度をp、aの頻度を1-p=qとすると、Aの頻度が増えるのは、今の世代よりも次の世代のAの頻度が大きいとき、つまり、
W(A)・p/{W(A)・p+W(a)・q}>p
のときである。W(A)とW(a)は、それぞれAの個体の適応度の平均、aの個体の適応度の平均である。
左辺の分母が集団(個体群)全体での平均適応度ゆえに正であることに注意して、分母を払って整理すると、
W(A)・q>W(a)・q
となり、qは正だから、結局(当たり前の結果ではあるが)
W(A)>W(a)
となる。
集団にはこの行動をする個体が頻度p、しない個体が頻度qでいるわけである。この行動をする個体が、行動の相手にするのが、遺伝子型Aの個体がφ、遺伝子型aの個体が(1-φ)とする。ランダムに相手にしていれば、φはpと等しくなる。
頻度pだけ遺伝子型Aの個体がいるので、行動の受け手の利益は全体ではpB生じる。このうちφを遺伝子型Aの個体が受け、(1-φ)の部分を遺伝子型aの個体が受ける。
遺伝子型Aの適応度は社会行動に関係ない部分をW0として、
W0+φB-C
遺伝子型aの適応度は
W0+(1-φ)pB/(1-p)
となる。
これを先の条件、W(A)>W(a)に入れてやると
φB-C>(1-φ)pB/(1-p)
となり、整頓して、
{(φ-p)/(1-p)}B>C
である。これがこの社会行動が進化する条件である。
ひとつ特別な場合をやってみる。社会行動の相手が、遺伝子型がどちらかには関係なく、ランダムである場合である。この場合、φはpと等しいから、
{(0)/(1-p)}B>C
となる。左辺は0になり、
0>C
となる。言い換えると、Cが正、つまり、自分の適応度にマイナスの効果がある限りは進化できないことがわかる[こんなことをしなくてもわかる当然の結果と言われそうであるが]。
血縁度とは何だったのか復習してみよう。血縁度は、ある個体と他の個体が同じ対立遺伝子を持つ確率ではない。祖先が同じであるがために集団の頻度から期待されるよりも。どれだけ高い確率で同じ遺伝子を持つかである。集団の大部分の個体が同じ対立遺伝子を持っていれば、血縁個体でなくてもかなり高い確率で同じ遺伝子を持つだろうが、それは血縁度とは別物である。血縁度は、いわば血縁であるために、確率が高くなるプレミアムの部分を指している。
祖先を共有するために同じ遺伝子を持つ確率がrなので、同じ遺伝子を持つ確率は、これに祖先を共有するためではないが同じ遺伝子を持つ確率を加えたものになる。つまり、
同じ遺伝子を持つ確率=r・1+(1-r)・その遺伝子の集団での頻度
となる。
これを、この社会行動をする個体つまり対立遺伝子Aをもつ個体について書き直すと、r+(1-r)pがφと等しいことになる。
先の条件、
{(φ-p)/(1-p)}B>C
に、この関係を入れて整理すると
{(r+(1-r)p-p)/(1-p)}B={(r-rp)/(1-p)}B>C
で、結局、
rB>C
とよく知られたHamilton則が出てくる。
さて、上記を見比べるとr=(φ-p)/(1-p)であるわけだが、これは”Grafenの秤”そのものである。
半数体の場合でつかえがとれたら、また、二倍体や半倍数体に戻ることにするといいだろう。